刑事

蒼き湖の涙:事件11

 湖北。琵琶湖を東西南北で見た時に文字通り北に位置する地域をこの様な呼び方をする。五十鈴川と早見は、ここにある古い山寺を訪ねていた。
 

「すずさん、この階段きついですね」
「まあ、お寺だからな。修行する場所だと考えれば当たり前だけどな」

息を切らしながら石段を登りきり、山門をくぐる二人。

 境内は凛とした空気につつまれていた。  

早見が迷いもせず庫裏の方へ向かい、普段より大きめの声を出す。

「こんにちはー、ご住職いらっしゃいますか」

間をおいて……

「すみませーん。ご住職、いらっしゃいますか、すみませーん」

返事がない様子を見て

「本堂の方じゃないのか」

五十鈴川が周囲を見回しながら言う。

「すみませーん」

早見がより大きな声で呼ぶと中で大きな物音がした。
二人で顔を見合わせていると、後ろから声をかけられた。

「だれや、そんなとこで謝ってんのは」

振り向くとうれしそうな顔で住職が立っていた。

「どこから現れたんですか、住職!」
「あほ、人を忍者みたいに言うな。気配をなくす修行中や」
「ウソでしょ、それ」
「冗談や、修行はキライや」
「……いや、そうじゃなくて」

二人の掛け合いに五十鈴川がきょとんとしている。

「すずさん、こちらが阿弥大寺のご住職、山村尚玄(やまむら しょうげん)さんです」

「どうも、住職のショーンコネリーです」
「県警の五十鈴川です。さっそくですが、絵地図について聞かせてもらいたいのですが」

早見は、そこツッコむところですよと言いたげな顔で、
「ショーンコネリーさん、とりあえず絵地図を見せてください」
「……お、おう。ほな、本堂に来てくれるか」

二人は住職の後ろについて本堂へ向かった。
早見が小声で話す。

「すずさん、なんで住職にツッコまないんですか」
「ん、何か問題でもあるのか」
「いや、別に問題はないと思いますけどね」
「それより、住職とエラく楽しそうじゃないか」
「ええ、以前この阿弥大寺を調査で訪れた時になんとなくウマがあったというか、二人とも昔からの知り合いみたいに思えたんですよね」
「なるほど、わかる気がする」
「言ってる意味がわかりません!」

本堂に通されると住職の尚玄が、桐の箱を大事そうに運んで来た。

住職は箱を開けて巻物を一巻取り出し、寺の縁起を語り始めた。

それは絵巻物であり、開祖が修行して各地に寺を建立していく様子が描かれていた。寺が繁栄し、弟子達がその後、各地に寺を建てていく様子があり、そしてそこに、これが原本と言わんばかりの五十鈴川たちが手にした絵地図とそっくりの絵が現れた。

「すずさん、これですよ」

早見はUSBから取り出し印刷した絵地図を横に並べて、間違い探しをする様な仕草を見せた。

「なるほど、住職が言われたのはこれですか……なるほど」

同じ絵地図が単体で存在すると思っていた五十鈴川は、少し戸惑いを見せながら住職の尚玄に問いかけた。
「この絵巻物のこの絵地図を檀家の河上家が模写したという事でしょうか」
「ワシも先代から聞いた話やから正確にはあやしいけどな。ワシがまだ若かった頃、先代に付き添ってカワカミ家に行った事があるんやけどな。その時、床の間にあった変わった掛け軸を見て聞いた事があったんや」
「それがこの絵地図だったということですか」
「そうや、先代はカワカミ家が絵だけを模写して掛け軸に仕立て直したと言うてたんや。ただ、なんで模写したのかは後で聞いても適当にはぐらかされたし、ワシも物好きな檀家さん位にしか思ってなかったんや」

五十鈴川が住職との話に間を置いて早見に目をやると、早見は絵地図を見てブツブツと言い始めた。二人がどうしたと聞くと「間違い探し」ができましたと言う早見。

「すずさん、よく似ていますが全く違うところがあります。それはですね……」
「描かれている寺の数だよな」
「えっ、知っていたんですか」
「おまえが模写を出して並べる前に何となく気付いたよ」

早見は残念そうな顔をしてまた絵地図を見比べ始めた。

五十鈴川は再び住職に話し始めた。

「住職、檀家の河上さんのご自宅を教えていただけますか」
「いや、それがなぁ……今は空き家になっているんや」
「空き家……と、言う事は河上さんはいらっしゃらないという事ですか」
「ああ、夜逃げ同然やった」

住職が言うには空き家になって20年ほどになると言う。うわさでしかないが当主が借金をつくり取り立てにヤクザ風の男が出入りしていたらしく、そして夜逃げという形になったという。

「人あたりのいいご主人で奥さんも愛嬌があって、とても借金苦になるようには見えんかったけどなぁ。ワシはただのうわさやと思ってる。刑事さんが家に行く言わはるんやったら、住所を書くさかい、ちょっと待っててな」
「お願いします」

しばらくして住所が書かれた小さなメモ用紙を持ってきて、住職は近所だと言った。

「これが川神甚五郎さんの家の住所や」

五十鈴川はメモを見て少し戸惑った。
書かれていたカワカミは「河上」ではなく「川神」

「僕たちの早トチリでしょうか、漢字がちがいますね、河上さんと」
「そうだな。まあ、この家に行ってみれば何かつかめるかもしれない。とにかく行ってみよう」

二人は寺を後にして川神家へ向かうことにした。

「ありがとうございました。ショーンコネリーさん」

「えっ、今ですか!すずさん!」

五十鈴川が珍しくボケて見せると山村尚玄住職は、にやりと笑い

「おう、またいつでもおいで、できればコンビで頼むわ」
「住職! 僕たちお笑いコンビじゃないですからね」

早見が住職にツッコミを入れると同時に、五十鈴川が少しつまずいた様に見えたのは錯覚だったかもしれないが、にやりと笑ったのは間違いなかった。

事件12へつづく