刑事

蒼き湖の涙:事件15

 サイレンを止めて到着した現場は、何と坂下昭夫が経営していたパソコンショップだった。

「すずさん、これはどういう事ですかね。マジでサスペンスですよ」
「ブツブツ言っていないで仕事しろ。ここで殺された理由が何かあるはずだ。警察の指紋データから、この遺体が若宮良であることは間違いないようだしな」


 若宮良は後頭部を鈍器で殴打され、出血多量で死に至った様である。鑑識が現場からオンラインで指紋照合して人物の割り出しを行ったのだが、そもそも若宮良である証拠は警察署内にあった。
 若宮は過去に何度か窃盗で逮捕歴があり、警察のデータベースにしっかりと記憶されていた。
 「坂下昭夫」と「若宮良」の接点は何なのか。そして何故、若宮は殺されたのか、しかもこの場所で。

「すずさん、この現場からはいくつかの物品を証拠として押収していますが、その中に若宮と繋がる様なものはありませんでしたよね」
「そうだな。ただ、あれは河上啓一との繋がりを前提として調べていたからな。もしかして見落としている事があるかもしれないし、ここにまだ証拠となるものがあるかもしれない」
 五十鈴川は早見にそう促すと、若宮の遺体に手を合わせ、ゆっくりと立ち上がった。

 若宮良は河上啓一に借金があり、他のセミナー仲間にも借金があった様だ。過去の窃盗癖が顔を出し、借金苦からの空き巣でここに入った可能性も考えられるが、想像がたくまし過ぎる。仮に入ったとしても誰かに殺される理由が謎だ。
 五十鈴川が推察しながら考えこんでいると、早見が鑑識に話を聞いて戻ってきた。

「すずさん、鑑識が採取した足跡の中にヒールの付いた女性物の靴跡と思われるものがあったそうです」
「……女性物か」

 鑑識が調査を終えて、ようやく自由に立ち入れる様になった現場をもう一度見て回る五十鈴川と早見。ふと何かに気付いたように早見が少し言いにくそうに口を開く。

「すずさん……女性物の靴なんですけど……この事件に関わっている女性って一ノ宮さんですよね」
「そうだな、オレ達は一ノ宮さんを被害者として見ているがここへ来た可能性はゼロとは言えない。坂下昭夫と一緒に写っている写真があるからな」
「そうですね。写真がありましたね。でも一ノ宮さんは坂下のことを知らないって言ってましたよね、本当のところはどうなんでしょうかねぇ」
「まあ、ちょうど明日は一ノ宮さんに署に来てもらう日になっている。そこで写真についても聞こうと思っている」

 早見は被害者である一ノ宮真紀に疑念を抱いているようだったが、五十鈴川の言葉に頷きながら、デスクにあったパソコンのジャンク品を手に取って、呟く。
「ここにあるジャンク品はさすがに捜査対象の品じゃないんでしょうけど、あちこちの物と組み合わせれば立派に一台のパソコンができあがるんですけどね」
「早見、この事件もそんな感じだ。バラバラになった情報を組み合わせて一つの真実を見出す、どこかで全てが繋がっているはずなんだ」
「繋げたいですよ、絶対…………繋ぐ……あっ!」
 早見が大声をあげて続ける。
「すずさん! 僕、気づきましたよ! あの写真! あれは合成じゃないでしょうか! だとしたら一ノ宮さんが坂下のことを知らないのも辻褄が合います」
「なるほどな、冴えてるじゃないか、早見」
少し得意げな顔をしている早見を見ながら、少し笑みを浮かべた五十鈴川は本署に連絡をとった。

しばらくして本署との電話を切った五十鈴川が、先程とは違い眉間にしわを寄せて早見にこう告げた。

「一ノ宮真紀が姿を消した」

事件16につづく