刑事

蒼き湖の涙:事件10

 絵地図に記されていた寺院について、早見は何かをつかみかけていた。

「すずさん、絵地図を調べてみてわかったのですが、記された寺は実在するものでした」
「記されていたもの全部か」
「いいえ、全てではありません。というか、現存していないんですよ、ほとんどが」
「ほとんど……じゃあ、現存するお寺があるんだな」
「はい。現存する寺は3つ、いくつかは明治時代の廃仏毀釈や時代の流れによって、なくなっています。不明の寺もあって実在しないものもあります」
「実在しないか……」

 五十鈴川が顎に手をあてて難しい表情を浮かべるのを横目に早見が続ける。

「その3つの寺に共通する様なことがないか調べてみたんですよ。そうしたら、ちょっと面白いことがわかったんです。これは事件の鍵になるかもしれませんよ」

 早見が少し得意げな表情を見せながら、五十鈴川に勿体ぶる。こういう時の早見の推理は大体がいい加減だということを五十鈴川は過去の記憶に基づいて知っている。そして苦笑いをしながら早見に聞く。

「それで何がわかったんだ」
「……すずさん、僕が適当なことを言うと思っているでしょう。怒りますよ、ホント。調べるの大変だったんですからね」
「すまん、すまん、悪かった。それで、一体何がわかったんだ」
「まず3つの寺は本尊が同じです。そして宗派も同じです」
「偶然じゃないのか。宗派ぐらいは」
「僕も最初はそう思いました。それで現存する寺を訪ねてきて分かったんですが、あの絵地図は単純に同門の寺が記されていたようなんです」
「なるほど、それなら納得だ。でも早見、そこに事件の鍵なんてものがあるのか」
「そこはですね。すずさん、事件の首謀者がこの寺に関係するとか、この場所そのものに意味があるかもしれませんし、被害者のダイイングメッセージとか、徳川埋蔵金の在りかとか」
 
 五十鈴川の眉が少し動いたかに見えたが早見の言うとおり、この絵地図には何か意味があるのだろうか。

「そして大事なことはここからなんですが、調査した寺の住職が絵地図について妙な事を言っていました」
得意げな表情が一段と増した早見は話しを続ける。
「この絵地図はうちの檀家の持ち物かもしれないと言われて、どこで見つけたのかと聞かれました」
「なぜその絵地図の存在を住職が知っていたんだ」
「同じ絵地図が寺にもあって、檀家だったカワカミ家が模写を持っていたそうです」
「!? カワカミ家」
「そうです、カワカミ家です、河上啓一と繋がるかもしれません」
「早見、今回の推理はいいところを突いているかもな、もう一度そのお寺に行って、詳しく聞いてみるぞ」
「すずさん、埋蔵金が出たら山分けですよ」

 五十鈴川は早見の言葉を聞き流したまま足早に部屋を出て、寺への聞き込みの準備を始めた。

事件11へつづく