刑事

蒼き湖の涙:事件13

 川神家。玄関を入った先は土間になっており、そこから大きく一段上がった先にいくつかの和室が繋がっている。代々受け継がれたであろうその旧家には、現在住人はいない。

男性の名前は『一ノ宮重雄(いちのみや しげお)』
そして妻の『一ノ宮八重子(いちのみや やえこ)』

 事件に関係する苗字がまた一つ、これは偶然だろうか。五十鈴川は、しばし天井を見ながらこう切り出した。
「一ノ宮さん、川神さんとは親戚以上の付き合いとおっしゃいましたが、本当の親戚ではないのですか」
湯のみに入ったお茶をすすりながら、一ノ宮重雄が話し始める。
「まぁ戸籍上の繋がりはあらへんみたいやな。小さい集落やから隣近所は知った顔ばっかりや。こんにちわ〜、言うて勝手口から近所のおっさんが普通に入って来よるなんて日常茶飯事や。昔やったら、となり村に嫁いだ娘の子がこっちの村に養子で帰って来て、向かいの娘と結婚するなんて事がよくあったそうで、家系図なんか見たらようわからん事になっとるで。そやから、もしかしたら親戚関係なんかもしれんけどな。まぁ、家が近い事と甚ちゃんとは幼馴染いうのが一番やけどなぁ」
「川神甚五郎さんのことですね」
「そや、甚ちゃんとは小さい頃からなんでも一緒にやったで。まぁ、近所のじいさんに怒られる事ばっかりやったけどなぁ。大人になってからも二人で飲み歩いたりしたもんや」
楽しそうに笑みを浮かべながら話す一ノ宮重雄に五十鈴川が徐々に話の本筋に迫る。
「それだけ仲が良かった重雄さんならこのお家にあるお寺の掛け軸の事はご存知ですか」
「……掛け軸?……」
考え込む一ノ宮重雄に妻の八重子が口を開いた。
「お父さん、あれとちゃうか? ほら、あの、あそこにあった大きいやつ」
「大きい?……あっ、あれか、あれやったらあの部屋や」
「あの……あれとかこれとかじゃなくて正確に教えていただけますか」
早見が二人の会話に割り込んだ。

 一ノ宮重雄は、五十鈴川たちに靴を脱いで上がって来いと促した。
「ええっと……これと違う……これ……ちゃうなぁ……あっ、これや」
埃が被った箱を取り出した一ノ宮重雄は、五十鈴川たちの前に少し乱暴に置いた。
「お父さん、もうちょっと大事に扱い〜な」
妻の八重子が注意するのも聞いていないのか一ノ宮重雄は箱の中から掛け軸を一幅取り出し、ポンと畳の上に置いた。
「それで刑事さん、この掛け軸に何かあるんか。こんなもんただの落書きやで」
そう言いながら一ノ宮重雄は掛け軸を広げて見せた。
五十鈴川と早見は顔を見合わせて頷いた。再三目にした、あの絵地図だった。描き足されたであろう寺の絵もある。
 一ノ宮重雄が懐かしそうに掛け軸を見ながら話す。
「ここに描いてある寺の大半は後から描き足したもんや。よう見たら墨の色が濃いやろ、イタズラ失敗や」
「描き足したイタズラ失敗って、一ノ宮さん、自分がやった様な口ぶりですね」
早見が言葉を返すと一ノ宮重雄が笑う。
「そうや、ワシが描いたんや。正確には甚ちゃんと二人でやけどな。この落書きがバレた時は甚ちゃんの親父さんとワシの親父にゲンコツをいくつかもろたわ」
絶句する五十鈴川と早見。

 早見が描き足した寺の位置や形が同じであるのを確認する。
「同じです。すずさん」
「そうか……一ノ宮さん、この掛け軸と同じものがどこかにあるということはないですか」
「そら、ないと思うわ。阿弥大寺の模写が他にあったところで、描き足した寺が同じゆう事は考えられへんなぁ、なんせワシらが適当に描いたんやからなぁ」
 
 この捜査の過程で見つかった絵地図はこの掛け軸を写真に収めたもので間違いない。ではこれを写真に収めたのは一ノ宮重雄だろうか。
 いや、写真に収めてUSBを渡した人物はおそらく川神甚五郎だろう。そしてこの事件に確実に関わっている。五十鈴川はそう強く確信をして一ノ宮重雄にもう一つ尋ねる事にした。
「一ノ宮さん、川神甚五郎さんは何故、失踪されたんですかね」
「……あいつや、きっと…………あいつが追い詰めよったんや」
「その、あいつとは誰ですか」

「大島一郎や」

事件14へつづく