阿弥大寺から車で5分ほどの所にその家はあった。
表札に大きく『川神』とある。早見が空き家を承知で呼びかける。
「こんにちは。川神さん、いらっしゃいますか」
さらに早見が続ける。
「こんにちは。すみませ〜ん、川神さ〜ん、ご在宅でしょうか〜」
「早見……」
五十鈴川が早見に何かを言いかけ様とした時、女性の声がした。
「あんたら誰や。そこは留守やで」
二人が振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
70歳前後のその女性は二人の顔を怪訝そうに見つめてこう言った。
「川神さんやったら、何十年も前から居てはらへんよ。もう帰ってくる事もないやろうから、諦めた方がええよ」
「いや、すみません。私たち警察なんですが、少し調査したいことがありましてこちらに伺ったのですが」
「えっ、警察の方? なんや目つきが悪いから、久しぶりにヤクザが来たんかと思たわ」
笑いながら言葉を返す女性に早見が笑いながら問いかける。
「失礼ですが、ご近所の方ですか」
「そうです。ご近所の方です、そこの畑の向かいに住んでます」
そう言いながら、女性が指差した方角に大きな平屋があった。
「任意で結構なんですが、少し川神さんの事について聞いてもよろしいでしょうか」
「そうですか。ちょうどええわ、畑仕事の休憩しようと思うてたとこや……お父さ〜ん、この人ら、刑事さんやて。大根は後にして、ちょっと一服しよか〜」
声を張り上げた先の畑には、同年代であろう男性が立っていた。
「ちょっと待っててな。今、玄関を開けてきますし」
そう言うと女性は迷いなく『川神』家の庭に入り、南天の木の脇をすり抜けて姿が見えなくなった。少しすると、玄関がガラリと開いて女性が一言。
「どうぞ」 面食らった二人に後ろからさらに
「どうぞ、中に入って」と、先ほど畑にいたらしい男性が促す。
早見が小声で五十鈴川に言う。
「狐につままれているんでしょうか、すずさん」
「いや、現実だ」
五十鈴川は敷居をまたいだ。
「まあ、お茶でも飲んでゆっくりして」
お茶を勧める老夫婦に対して早見が堰を切る。
「あの、お茶はありがたく頂きたいのですが、その前に聞きたい事があるんですけど……ここ、川神さんのお宅ですよね? 何であなたたちは簡単に入れるんですか? 川神さんとどういうご関係ですか」
「どういうて、わたしらは近所に住んでる者で『一ノ宮』といいます。川神さんの家とは代々、親戚以上の付き合いですんや」
女性は早見に笑いながら答えた。
「いやいや、親戚以上は結構ですけど、下手したら住居侵……」
早見が住居侵入罪などという事よりも驚いたのか、返す言葉を変える。
「えっ、『一ノ宮』さんですか」
「そうやけど……なんや、二人とも驚いた顔して」
年季の入った帽子を脱ぎながら男性は不思議そうな顔をした。