「わたしは、ちっとも悪くないわ。悪いのは、あの女よ」
女の名は 滝沢 翔子(たきざわ しょうこ)
駅前にあるスナック「フェアリーナイト」で働いているらしい。
「なぜ、一ノ宮さんを襲ったんだ」
「襲った? そんな大げさな。バッグで叩いただけでしょ」
「立派な暴行罪だ。それと彼女が悪いというのは、どういうことなんだ」
早見は、捜査員から聞いた話をもとに滝沢 翔子の事情聴取をはじめた。身辺警護の捜査員の話によれば、滝沢 翔子が歩いていた一ノ宮真紀を呼び止め、話をはじめたそうで、捜査員も友人かと思い遠巻きに見ていると、持っていたハンドバッグで一ノ宮真紀を叩いたということだった。
「客に頼まれたのよ。封筒を渡してきて欲しいってね」
「封筒?中身は何だったんだ」
「知らないわ。そんな中身なんて。あの女に聞いてみたらいいじゃない」
「あのねぇ、知っている事は全部話してくださいよ!」
「知りませ〜ん」
「何ぃ!」
今にも飛びかかりそうな形相で滝沢 翔子を睨む早見に、五十鈴川が割って入った。
「落ち着け、早見。冷静にならないと見誤るぞ」
「……すいません」
早見に替わって五十鈴川が質問を始める。
「さて、滝沢さん。封筒の中身は調べればわかる事ですので、おいときますが、その頼まれたお客さんていうのは、常連客ですかね」
「この人がいると、しゃべりたくないで〜す」
「……早見、悪いな」
眉間にシワを寄せながら、取調室を出ていく早見。
ドアを閉めるのが先か否か、滝沢翔子が話を始める。
「いま考えると、変な客だったわ」
「何が変だったんですか?」
「常連さんじゃないんだけど、店に来て、お酒も飲まずに簡単なバイトしないかって言うのよ」
「簡単なバイト……」
「わたしが、ちょっと興味持ったもんだから、勝手に話を進めちゃって。報酬は5万円、やって欲しい事だけ言うと水だけを一杯飲んで帰ったの」
「それが、あの封筒を渡すという事だったんですか」
「そう。あの時間、あの場所にあの女が来るのを知っていたみたいで、この封筒を渡してくれって。一応、女の写真をもらっていたから、すぐにわかったけど」
「じゃあ、一ノ宮さんを叩いた理由は」
「わたしは、5万円と封筒を受け取って、指示されたところへ行っただけ。封筒を渡したら、あの女が誰から頼まれたか、しつこく聞いてきて、わたしを掴んで放さないもんだから、鬱陶しくなって叩いたのよ」
「なるほど。理由はわかりました。で、その男のほうなんですけど、顔は覚えていますか」
「店は薄暗いから、ハッキリしていないけど、メガネをかけたサラリーマンって感じかな。あとは……あっ、鼻の横に大きめのホクロがあったわ」
「ホクロ……後で似顔絵にご協力いただけますか」
「それは、任意かしら?」
「任意で結構ですが、後々、犯人隠蔽なんて事になるかもしれませんよー」
若干、滝沢翔子を威圧するような五十鈴川の態度に、あせった様子で
「わ、わかったわよ、協力するわよ!」
しばらくして、鑑識から、あの封筒の中身についての報告があり、五十鈴川と早見は証拠品のある鑑識課へ出向いた。