USBから出た琵琶湖の古地図。
地図といっても江戸時代、いや、それ以前に描かれたようにも思える、いわゆる絵地図だ。
この古い絵地図に記された寺院が実在のものなのか、それを早見が調査を始めた。
一方、五十鈴川は、一ノ宮真紀の事情聴取を行なっていた。
「あの日、電話がかかってきたんです。声は男性でした」
「男の声に聞き覚えは、ありましたか」
「いいえ、ただ、言葉使いは丁寧でした。そして、あの場所に来てほしいと言われたんです」
「そうですか。丁寧な受け答えだったかもしれませんが、どうして、見知らぬ男性からの電話を信じたんですか」
「……啓一さんの…事件の真相を知っていると言われて……」
彼女は、電話の内容について、五十鈴川に少しづつ話し始めた。
「私も最初は疑いました。刑事さんのおっしゃる通り名前も名乗らず、ただ、あの場所に来て欲しいだなんて、誰も鵜呑みにはしません。でもその男性が河上啓一という名前をご存知ですねって言ったんです」
「なるほど、それで」
「私も動揺してしまって、啓一さんの何かを知っているんですかって、聞いたんです。そしたら男性は、あの場所に行けば教えると言ったんです」
「それで、あの場所に行ったわけですね」
「ええ……ですが、男性の素性もわからないまま、言う事を聞いていいものかと思っていたら、男性は私の生い立ちについても話したいと言ったんです」
「一ノ宮さんの生い立ちですか」
「ええ、私も男性の言う事がよくわからなくなって、これはもう行くしかないって……」
しばし、五十鈴川が彼女の話を頭の中で整理する。
一ノ宮真紀は、河上啓一の事件の真相は知りたかったが、電話の男が信用できなかった。当然だろう。だが、自分の生い立ちという謎の言葉に揺り動かされて、あの場所に行った。しかし、そこにいたのは真相を知る由もない女性だった。そこで口論となり、トラブルが発生した。
トラブルを起こした滝沢翔子は、取調中だが、男に頼まれただけであり、事件の真相を知っている様子は伺えない。
やはり、電話の男が何かを知っている。
「一ノ宮さん、プライベートな話になりますが、あなたの生い立ちに何か特別な事でもあるのでしょうか」
「……私にも、さっぱり……」
「そうですか。とにかく電話の男が何かを知っているはずです。われわれも捜査を進めます。万が一、男から電話があった時はわれわれに連絡ください」
「わかりました」
彼女は、警察の警護の下、自宅へと戻り、五十鈴川たちは電話の男の捜査を開始した。
五十鈴川は、一ノ宮真紀の「生い立ち」というキーワードが事件を難解にするのではないかと不安を抱いていた。