まだ、残暑の厳しい9月。事件は暗礁に乗り上げていた。
「すずさん。被害者の身元、まだ特定できないみたいですね」
「ああ、仏さん、損傷が激しかったからな。それにひき逃げした車も見つかっていないしな」
2週間前、交通事故の一報が入り、そのまま事故として処理されるかと思われたのだが、被害者は、同じ車に何度か繰り返し敷かれた形跡があり、事件の可能性が濃いとの事で、捜査第1課にも要請が来たのだった。
しかし、その被害者と被疑者、両方が捜査線上に浮かんでこないのだ。わかっているのは、被害者が男性という事くらいだ。
「すずさん、とりあえず飯にしませんか。さっきから腹のムシがうるさくて」
「おまえ、さっき、交通課からの差し入れの饅頭を食ってただろ」
「あ〜、美味しくいただきましたよ。でも、ごはんじゃないですからね。やっぱり、白いごはんを食べないとダメですね」
「……わかったよ、で、何を食べるんだ」
「署の裏に新しい店ができたんですよ。ラーメン屋」
「…………」
天然なのかワザとなのか、調子付いて話すのは、
早見 昇(はやみ のぼる)
その相手をしているのが、
五十鈴川 隆(いすずがわ たかし)
「すずさん」と呼ばれる事が多く、本人は、このあだ名を気にいっている様だ。
二人が、ラーメン屋ののれんをくぐろうとしたとき、五十鈴川の携帯が震えた。
「はい。五十鈴川です……えぇ……はい…はい、わかりました。ご苦労様です」
「どうしたんですか?」
眉間にシワを寄せて、携帯をしまいながら、少し声を張る五十鈴川。
「白いごはんは、お預けだ、早見。琵琶湖へ行くぞ! 土左衛門だ!」
「えぇ〜、食べてからにしましょうよ。割引券ももらったのに〜」
「時間は、待ってくれないんだよ!」
「ざ〜んね〜ん、タイムマシンがあったらな〜。土左衛門じゃなくて、ド○えも〜ん」
「バカ言ってないで、車!」
「りょうか〜い。あっ、ごはんじゃなくて、ラーメンですよ」
「バカ!」
県警本部から出た警察車両は、赤色灯を回転させながら、一般車を追い抜いて行く。
運転手の早見はまだ何かブツブツと言っている様子で、時折、五十鈴川に運転に集中するように言われている。そんなことを繰り返している内に現場が見えてきた。
琵琶湖
日本最大の面積と貯水量を誇る湖だ。
現場には、人だかりが出来ていたが、いつもの様に警備に挨拶をして入って行く二人。
「ご苦労さまです。仏さんは?」
「こちらです。外傷は無さそうですが、鑑識の結果を見ないと、なんとも……」
常人より数倍は膨れ上がった遺体を見ながら五十鈴川がつぶやく。
「自殺か?……」
間を置いて、早見が五十鈴川を呼ぶ。
「すずさーん、ちょっと、こっちに来て下さい」
早見が、早く来いとばかりに手招きをする。
「これ、近くで見つかったんですけどね、どうも害者のものみたいなんですよ。免許証と一緒にあったんでね」
早見が見ているバックの中には、ざっと2、3百万円程の札束があった。
「すずさん、なんだか、サスペンス劇場な感じがしませんか?」
「くだらない事考えていないで、聞き込みに行くぞ」
「りょうか〜い」
そんな所へ地元の老夫婦と思われる二人が駆け寄ってきた。
「刑事さん! あっちに血のついた車が置いてあるんやけど、ちょっと見てもらえへんやろか?」
「車……血?」
その老夫婦に先導された五十鈴川たちの前には、事故をおこしたと思われる車があった。
事故。
早見と五十鈴川は顔を見合わせた。これは……