「すずさん、大島一郎は事件に関係していますよね、多分」
「ああ、多分な。ただ、今のところは一ノ宮重雄の想像でしかないけどな」
「重雄さん、随分興奮してましたからね」
早見と五十鈴川は湖岸を南下して県警本部へ戻る途中、一ノ宮重雄から聞いた話を思い出していた。
何十年か前にこの地域にリゾート施設の話が持ち上がったそうだ。しかし、住民との利害が一致せず、摩擦が起きていた。そんな住民のリーダーだったのが川神甚五郎で、リゾート施設反対を訴えていたらしい。
施設側の要求はほぼ全ての田畑の用地買収、一部には民家も含まれていた。対立は続いたが、住民の中には土地を売り村を出るものもいて、住民側の体力が無くなり、いよいよ施設側が本格的に動くのかといった時に急に頓挫して、そのままリゾート施設の話もなくなってしまった。
これで、静かな村に戻るのかと思われたのだが売ってしまった田畑や民家は元に戻るはずもなく、気が付けば住民も減って過疎化の一途を辿る事となっていた。
話はここで終わらず、住民の心には不安が募り、リゾート施設を容認しておけば、こんな事にはならなかったと矛先が川神甚五郎に向けられた。ちょうどその頃から、川神家にヤクザ風の男が出入りする様になり、川神甚五郎も鬱状態になっていたという。
そして一ノ宮重雄が「追い詰めた」と言い切れる理由は、このリゾート施設の計画を大島一郎が立てていたからだった。さらにやめると言い出したのも大島一郎という事だった。
「すずさん、大島議員ってあまりいい噂聞かないですよね」
「政治家なんてそんなもんだろ。いい人だけでは政は出来ないからな。そんな業界はいくらでもあるさ」
五十鈴川はいつになく捻くれた言い草だった。
「すずさん、たまにそういう世間を悟った言い方しますけど、何か思い入れがあるんですか」
早見の質問をよそに五十鈴川は何かを思い出しているのか、眉間にしわを寄せてしばし無言のままだったが、携帯の鳴る音でそれは一変した。
「早見、次を左折だ」
「えっ、本部に戻らないんですか。まさか、第3の殺人なんて言わないで下さいよ、すずさん」
「早見、そのまさかだよ。若宮らしき人物が遺体で見つかったそうだ」「えぇっ、なんでそういうサスペンスドラマみたいな事が起きるんですか。大体、僕は若宮がこの事件の犯人だと思っていたんですけどね」
早見の言葉は冗談じみてはいたが、顔は真面目そのものだった。
「河上啓一」は「若宮良」と一緒に出かけた後に殺されている。状況としては疑ってしまうだろう。しかし、借金があったらしいというだけでは、人を一人殺す動機としては少し小さいとも考えられる。それに「坂下昭夫」がつながらない。そして新たな人物の「大島一郎」と「川神甚五郎」が謎のままだ。事件は別々のもので、たまたま重なっている様に見えるのだろうか。
五十鈴川はまた眉間にしわを寄せて、事件の謎を推理している様だった。